古波蔵 保好著『料理沖縄物語 より引用

むかしむかし、金城に住んでいた兄と妹のうち、兄は鬼になって家を離れ、大里というところのホラ穴にこもった。どんなキッカケで突然鬼になったのか、伝説はまったく明かしてくれず、鬼になったことから話がはじまる。兄が人々におそれられているという話を伝え聞いた妹は、ある日、様子を見にいった。

兄は在宅――いやホラ穴にいて、なにやら煮ている。ソッと鍋の中をのぞくと、たしかに人間のキモや骨つき肉だ。妹が自分のキモをつぶしている時、いつの間にかそばを離れていた兄は、あちらでせっせと庖丁をといでいる。

妹だろうと何だろうと、ごちそうの材料が現れたのだから、殺して食べようと思ってのことにちがいない――と、いいカンで察した妹は、すばやく逃げて、難を免がれたあと、たとえ兄とはいえ、人々に害をなすものをほっておけない、こういう兄を始末するのが血を分けた自分のつとめだ、と考えるようになった。

ところで鬼退治は、妹がでかけていって、兄と闘ったのではなく、ある日、兄がブラリと金城の家にきた時に成就する。兄が金城に戻ってきたのは、妹に招かれたためだったのかどうか、とにかく妹は、餅をつくってあるから食べさせてあげる、といい、もっと見はらしのいいところへいきましょう――などと、兄を崖の上に誘った。餅を食べながら、このおそろしい兄は、向かい側に座って、同じように餅を口に入れている妹の顔から何気なく視線を下のほうにうつすと――。

人間としての営みをしていない鬼にとっては、まだ見たこともない、もう一つの口が、着物の裾からのぞいていることに気づいたのである。

餅を食べている口は横になっているが、この口はタテになっている――と、そこまで鬼が感じたかどうかは、つまびらかでないが、いったい何のための口か、と疑問を解くため、妹に尋ねた。

ケロリとして、妹は答えたのである。兄さんは知らなかったのか、女は二つの口を持っていて、上にあるのは餅を食べるもの、下にあるのは、鬼を食べるのに使う――と聞いたとたん、鬼は仰天して、うしろへ飛びのいた。あいにくうしろは崖だったので、妹が手を下すまでもなく、鬼は転落死したという話である。