この文章はかなり昔にfj.rec.foodで拾ったものです。
筆者のメイルアドレスも控えておいたのですが、紛失してしまいました。
連絡先がわかる方は御一報ください。

松田風素麺のいただき方

1994/08/15
Rev.01.05

素麺に関する話

著者の出身地であるところの兵庫県の揖保川水系は、古くより素麺の産地であった。 農家の農閑期の内職として発達し、その伝統は現在に至っている。 「播州手延べ素麺揖保の糸」として広く全国に流布されているが、これを製造する会社が存在するわけではなく、生産農家の協同組合による共同出荷なのである。 昔ながらの製法を守って作られる「手延べ」素麺は、あくまで細く、腰が強く、その美味は日本一であると自負している。

揖保の糸の生産量は日本一(のはず)である。 その原因は生産地付近一帯の膨大な消費量にあると、筆者は考えている。 例えば筆者が子供の頃、実家での消費量は、一家6人で一夏に40kg程であった。 現在でも筆者一人で、一夏に7〜8kg程度は消費する。 また冬間にも2〜3kgは消費する。 これがどの程度の数字なのかは判らないが、全国水準を大きく上回っていることは確かであろう。 1束50gを一食に6〜8束として、たった20回でその程度は喰ってしまうのであるから、実際はもっと消費しているかも知れない。 夏は米の端境期であるために、味の落ちた米は夏の暑い盛りには喉を通り難いものである。 そこを補完するものとして、素麺が発達したのではないかと考える。 夏には常時素麺が冷やしてあり、何時でも食せる状態にあった。 冷蔵庫には素麺ダシと麦茶が同じ様な容器で冷やしてあるため、よく間違えたものである。 ダシがないときには、三杯酢と葱と生姜だけでいただくというのも、播州地方独特の習慣ではないだろうか。 他の地方でこの様な習慣があるということを、筆者は寡聞にして知らない。

素麺は冬の一番寒いときに、寒風と天日を利用して作られる。 その点、冬中乾燥注意報が出て、しかも雨も雪もあまり降らない播州地方は、恰好の素麺産地である。 春から出荷が開始され、一部は納屋や蔵で保存される。 保存されたものは一冬を越して「古物(ひねもん)」と呼ばれ、大変美味で珍重される。 もう一冬を越した物は「三年古物」と呼ばれ、これは大変高価である。 わが家でも納屋があった頃は、10kg箱をいくつか買って保存し、順繰りに古い物から食したものである。 手延べ素麺は製造時に手に植物油をつけて延ばすため、保存が悪いと油焼けを起こしたり黴が生えたりするので、今の家では保存は困難になってしまった。 揖保の糸には普通品の「赤帯」と高級品の「黒帯」があり、黒帯の方がより細く、より腰が強く、喉越しもより滑らかで心地よい。 「赤帯」「黒帯」に「当年物」「古物」とあり、値段にバリエーションがある。 「赤帯―当年物」を1とすると、「黒帯―当年物」「赤帯―古物」で2倍、「黒帯―古物」で4倍程度である。 ただし黒帯は人気が高く、梅雨頃には売り切れてしまう。

薄口醤油は播州龍野が発祥の地である。 素麺を美味しく食するために考案されたとしか考えられないほど素麺によく合う。 はっきり言えば、濃い口醤油で作ったつゆは、味も香りもきつすぎるため、素麺のように繊細なものにはまったく合わない。 むしろ香りも味もしっかりときつい蕎麦向きであるといえる。 播磨灘は昔から芝海老の良漁場で、これを餌として赤く育った「明石鯛」は、あまりにも有名である。 初夏から盛夏にかけて、生きた芝海老が魚屋で計り売りにされる。 我々は、これでダシを取った素麺ダシでなければダメなのである。

ここに記す素麺ダシは、著者が幼少の頃より慣れ親しんだ味を元に、種々の改良を加えた末に、現在に至ったものである。 これに見るように、素麺ダシは真面目に作ると大変高価につくもので、素麺自体も決して安価ではない。 しかるに世間の外食屋では、素麺はやや高価なメニュー(きつねうどんと天麩羅うどんの中間程度か)ではあるものの、決して高価には過ぎず、程々の価格設定を保っている。 しかしながら、著者の感覚としては、はっきり言ってそれでも安すぎると言わざるを得ない。 あのような価格設定でまともな素麺を出せば、利益など出るはずがないのである。 となれば、赤字を覚悟で出すか、材料費を削るしかない。 前者である店もあるかも知れないが、大半が後者であろうことは、実際に店で素麺を食してみれば歴然である。 かつて龍野のヒガシマル醤油が、インスタントカップ素麺(生麺タイプ)を企画したことがあったが、揖保の糸を使用して試作したところ、どうしても定価400円以下では利益が出ず、さりとてこれでは高すぎて売れず、結局やめてしまったことがあった。 店屋物は何をか言わんやであろう。

結局「美味しい素麺」を食したければ、自分で作るしかない。 以下に松田流素麺道の奥義を記す。 これを元に、貴兄も素麺道に精進されんことを望むものである。

ダシ

材料

※1 必ず生きたものを使用すること。 死んで時間の経ったものは、臭いしあまり良いダシも出ない。 頭と背わたを除けば上品なダシが取れるが、よくダシが出ないので海老が大量に必要となる。 手に入らないときは、皮を剥いた干し海老で代用するしかない。 海老の匂いの苦手な人は、かつを節で代用してもよい。

※2 分厚く、固く、表面に無数の皺の入ったものが良品。 スーパーなどで売っている薄手のものは、天日に干さず石油の火力で乾燥しているため、香りも味も悪い。 ダシの香りの根幹を成すもので、良い「どんこ」が手に入らないときは、冷やし素麺を諦めるぐらいの覚悟が必要であろう。

※3 私はよく乾燥した「羅臼」が最もよいと思うが、「日高」でもよい。

※4 天日干しの本物の梅干しを使うこと。 最近流行の減塩梅干しについての蘊蓄は、漫画「美味しんぼ」に詳しいので割愛する。

※5 播州産の薄口醤油をお薦めする。 亀甲萬など、関東のメーカーの薄口醤油は、使わない方が無難である。 ヒガシマル醤油ならば、ほぼ日本中で手に入る。 東京の料亭でも、薄口はヒガシマルを使っている。

作り方

  1. どんこ椎茸は笠の上から指でぽんぽんと弾いて埃を落とし、さっと水洗いをした後、ひたひたの水で2〜3時間置いて水出しにする。 十分ダシが出たら掌で挟んで固く絞り取っておく。 ダシは漉しておく。
  2. 昆布は固く絞った布巾で表面をさっと拭いて埃を取り、たっぷりの水で2〜3時間置いて水出しにする。 十分ダシが出たら昆布を引き上げ取っておく。 ダシは漉しておく。 (かつを節を使うときは煮出しでよい。鍋に水を張って昆布を入れ、沸騰の直前に引き上げる。)
  3. 芝海老はよく水洗いをしておく。 鮮度の悪い物や匂いの気になる人は、頭とわたを取るのも一つの手であるが、ダシがよく出ない。 (2)のダシを鍋に合わせ、海老を入れて火にかける。 まめに灰汁を取りながらしばらく煮出し、熱いうちに漉しておく。 (かつを節を使うときは、沸騰してからたっぷりのかつを節を入れ、灰汁を取りながらしばらく煮出す。 かつを節の質が悪いときは煮出す時間を短めにする。)
  4. ダシ汁の1/4量ほどの純米酒を煮切り、(3)のダシと梅干しを加えて、あまり沸騰させないようにしながらしばらく煮る。 酸味の多い方がよい人は梅酢を加えてもよい。
  5. (1)のダシを加え、薄口醤油で味を調える。 椎茸の香りが飛ばないように、迅速に行うべし。 そのまま飲むにはちょっと塩辛いかなという程度がよい。 粗熱が取れたら梅干しを取り出し、ペットボトルに移して冷蔵庫で一週間程度は保つ。

薬味・具

材料

※6 浅葱・分葱等でもよいが、白葱はあまりお薦めでない。 最近流行の万能葱は、味が悪いのでこれもお薦めできない。

※7 おろし生姜は食べる都度おろすのがベストであるが、著者は面倒くさいので、ダシを作ったときに絞り汁を混ぜてしまうことにしている。

※8 好みで生姜の代わりに山葵を使ってもよい。 著者は山葵を使わず、貝割れ菜で辛みを出すことにしている。 錦糸卵もよく合う。 あまりにあっさりし過ぎるという向きには、揚げたての天麩羅を添えてもよい。 その他季節の野菜や果物など何でもよく合う。 ダシを薄味にするのがこつである。

作り方

  1. (1)の椎茸、(2)の昆布を鍋に取り、ひたひたの純米酒と醤油で、ほぼ煮汁が無くなるまで煮詰める。 味はかなり辛めでよい。 冷めたら昆布・椎茸とも千切りにする。
  2. (3)の海老は頭を取り皮を剥き、(5)のダシでさっと煮る。
  3. 葱は小口から細かく刻み、匂いの気になる向きは晒し葱にする。 茗荷を千切りにした物を冷水に晒して薬味とするのもよい。

播州手延べ素麺揖保の糸

茹で方

食し方

応用編

にゅう麺

温かいダシでうどんのようにしていただくが、うどんダシよりは甘みを押さえるべきである。 蛤などの貝類のダシがよく合い、切り胡麻を振ると香りもよく食欲を増す。 梅干しを一個落として身をほぐしていただくと、二日酔いにとてもよく効く。

三杯酢

ダシを切らしたときや食欲がないときなどは、三杯酢でいただくとよい。 葱とおろし生姜を添えると食欲も増す。 酢がきつく感じるようなら、ダシ少々で割ると食べ易い。 甘味は少ない方がよいが、まったく無いのはちょっと寂しい。

素麺ちゃんぷるー

沖縄で発見した新しい味覚である。 鍋にラードを熱し、水を切った素麺を軽く炒める。 ダシ(沖縄では豚と昆布とかつを節のダシを使うようである)を加え、塩・胡椒・醤油で味付けをし、ざく切りにした葱を大量に炒め込んで出来上がりである。 大変あっさりとしており、ラードと葱の香りが食欲をそそる。 暑い夏向きの一品であり、ビールにもよく合う。 焼ビーフンの流れをくむ物ではないかとも思われたので、干し海老を試してみたところ、大変美味であった。 胡椒の代わりに唐辛子でもよい。 色々なバリエーション展開が期待できる一品である。